① Installation view,“Japonism 2018: les âmes en resonance,” Musée du Louvre, Paris, France, 2018
Ⓒ Pyramide du Louvre, arch. I. M. Pei, Musée du Louvre, Remerciements : Musée du Louvre (photo: Nobutada OMOTE I SANDWICH)
② SANDWICH スタジオ内風景 ③④ SANDWICH での制作風景(photo: Nobutada OMOTE I SANDWICH)

素材や技術との出会いが新しい造形へ

2018 年 7 月、パリのルーヴル博物館の「顔」であるガラスのピラミッドに黄金色に輝く彫刻が出現した。高さ10.4m・重量 3トンに及ぶ黄金の巨体は、曲線・直線が複雑に交錯する有機的な造形がシンメトリーを描き、見る者を圧倒した。《Throne》──「玉座」と名付けられたこの巨大彫刻は、日仏合同プロジェクト「ジャポニスム2018」公式企画の一つとして彫刻家・名和晃平氏が制作したものだった。さまざまな先端技術や多様な素材を駆使した幅広い創作活動で広く知られる彫刻家・名和氏が、この《Throne》シリーズをはじめ、3D データを活用した独特の作品群の制作にメインツールとして用いているのが、Freeform Plus と Touch X である。その導入 背景と活用法についてお話を伺うため、京都市伏見のクリエイティブ・プラットフォーム「SANDWICH」を訪ねた。

「そもそものきっかけは約10 年前。PixCellという彫刻作品への取組みが、3D デジタルの世界への出発点となりました」。後に名和氏の代表作の一つとなる「PixCell」は、インターネットを介して収集した多様なオブジェクトの表面を透明の球体(セル)で覆い、その存在を「光の殻」に変換する彫刻シリーズである。「この PixCell における試みを通じて、画像の構成要素であるpixel や 3D データの構成要素であるpolygon、voxel など、コンピュータ内で情報として扱われる造形的要素をさまざまな彫刻へ翻訳できないだろうか?──そんな発想が生まれました」。こうして名和氏は「3D で造形すること」の意味を深く考察しながら、彫刻の新しいあり方を探るチャレンジを開始した。そして、その探索行の中で、直感的かつ容易に3D デジタルデータ上のクレイモデルに「触れる」Freeform と出会う。

「3D ツールの製品知識はほとんどありませんでしたが、3D スキャンを試したくて訪ねたある販売代理店で紹介されたものが Freeform でした」。実はこの時、名和氏にとってもう一つ大きな出会いがあった。現在 Freeform を用いた多彩な 3D デジタル加工で名和氏をサポートしているSANDWICH のアシスタントディレクター・小笠原翔氏が、当時その店に勤務していたのである。小笠原氏は語る。「依頼があった当初は、代理店スタッフとして 3D データを作っていました。半年後に SANDWICH へ移籍してからも、しばらくは元の店に通いながらFreeform を使っていましたが、その頃から次第に 3D プロジェクトが増え始めました」。まさにこの 2 つの出会いがクリエイティブの起爆剤となって、SANDWICH へFreeform が導入されることになったのだ。

「もともと新しい素材や道具、技術や技法を積極的に活用していきたいタイプです。新しい技術や素材に出会った驚きが、また新たな造形に繋がっていく……そのような流れになることが多いです」。もちろんそれはFreeform に限らない。多様な「道具」の一つとしてFreeform があり、また「素材」の一つとしてデジタルクレイがあったのだろう。ただ、他と違うのは、そこに小笠原氏という強力なサポーターが居たことだ。「3D デジタルや Freeform を深く理解している小笠原君が、やりとりを通して“ こういうこともできます ”“ あんなことも可能です ” と次々アイデアを提案してくれます。そこに “ 彫刻的に面白いこと” や、かつてない “ 造形の現われ方” みたいなものを感じられればブラッシュアップをして、新たなクリエイションに繋げています」(名和氏)。

名和晃平 氏 photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

「触れる」ということの大きな安心感

こうしてFreeform の運用が本格化するにつれ名和氏のクリエイティブにおける 3D データの応用は急速に拡大し、その作品にも3D を活用したプロジェクトの比率が増えていった。2011 年 6 月に東京都現代美術館で開催され、5 万 8000 人もの来場者を記録した個展「名和晃平 - シンセシス」では、出展された 100 点超のうち43 点に 3D データが使用された。しかも、3D 活用法はひと通りではない。たとえば、シンセシスの展示でひときわ注目を集めた巨大な石像にも似た作品群《Polygon》は、人体の 3D スキャンデータを元に Freeform で造形。このデータを基に発泡スチロールを削り出して仕上げていったもの。また、前述の《Throne》シリーズでは、Freeform を駆使して膨大に作成した多様な形状のマテリアル要素を、コンピュータ内でパズルのように組合せながら造形。これをシンメトリーに組み上げ、偶然生まれた「面白い形」を抽出し作品化させていった。

「彫刻家としては、実は Freeform を知るまでは“ コンピュータ内で彫刻など作れない” と思っていました。PC 内の物には触れませんからね。だから“ 触れる” という一点において、Freeform には他にない大きな安心感があります。PC 内に作った造形物をぐるぐる回しながら、その “ 造形の妙” を見て触れて確かめられる……そのように PC 内へフィジカルな感覚を持ち込めたのは、彫刻家にとって本当に重要なことでした」(名和氏)。もちろん3D のメリットはそれだけではない、と名和氏は続ける。「たとえば通常の塑像ではシンメトリーの造形は非常に手間がかかりますが、Freeform なら瞬間的に直感的に行えます。当然、そのスタディも無数に繰り返すことができるし、最終的なサイズや形状も自由自在に調整できます。さらにインスタレーションのシミュレーションや複数のプロジェクトを並行して進めることなど、以前は到底考えられなかったような作業も可能になりました」。まさにFreeform と3D デジタル技術が、名和氏のクリエイティブの在り方そのものを大きく拡張したと言えるのではないだろうか。

このような 3D デジタルテクノロジーの利用拡大とともに、名和氏をサポートする小笠原氏ら3D チームも強化されている。「現在では SANDWICH の3Dチームとして、私を含め4 名がFreeform を使って3D データの制作・加工などを行っています。スタッフの練度には差があるので、新人には最初のマテリアルの要素を素材として作ってもらい、それを私たちがアレンジしていく形で分担することが多いですね」。そんな小笠原氏の言葉に名和氏も口を開く。「小笠原君やジャン君(ジャンルーカ・サンヴィード氏 /Digital

小 笠 原 翔 氏 SANDWICH ART/Assistant Director

Sculptor)は、非常に技術力が高く、プロジェクトごとに彼らが Freeform の多様な使い方をどんどん学んで、クリエイティブに使える範囲を拡大してくれている実感があります。だから、こちらからの問いかけにも即座にさまざまなレスポンスを返してくれるわけで……。このようにアーティストのイメージを形にしていくテクニカルサポーターが、今後ますます重要になるでしょう。実際、こうした新しい使い手が増えれば、Freeform を使おうというアーティストも増えるのではないでしょうか」。

京都の伝統技術の粋と 3D デジタルテクノロジーの融合

現在、名和氏は「鳳凰」をモチーフとした彫刻の制作に取り組んでいる。この作品の制作において、名和氏は、京都の伝統技術とFreeform に代表される先端技術の融合を一つの課題としている。「具体的には私たちがFreeform で作った“ 鳳凰” の造形をベースに、京都の仏師に木彫りで彫刻を作っていただき、さらに漆で仕上げた上で金箔を貼っていく計画となっています。すでに木彫と漆塗りは終了しており、金箔貼りの段階まで進んでいます。完成は 9 月半ばを予定しています」(名和氏)。今回もまた、まったく前例のない伝統と最新技術のコラボレーションであり、だれも見たことがないような強いインパクトを与える作品となることは間違いないだろう。

「もちろんルーヴルで注目を集めた《Throne》のように、大きなインパクトを与えるアウトプットになったら良いな、と考えています。ただ、もはや 3D で形を作り出すだけで、作品として成立する時代ではありません。重要なのはむしろ、3D データを元にどういう技法でどういう素材や技法を使い、どのような見せ方や体験を生み出すのか?ということです。……アーティストにとって、テクノロジーは確かに一つの突破口となり得ましたが、私たちはもはやそれを使うだけで満足してはいられないのです。それをさまざまなものと融合しながら、クリエイティブに活かしていく方策を探し続け、試し続けなければならない──そう考えています」

SANDWICH http://sandwich-cpca.net/ ディレクター/名和晃平 所在地/京都市伏見区 設立/2009 年名和晃平を中心としたアーティストやデザイナー、建築家やダンサーなど様々な領域のクリエイターが集い、コラボレーションを展開する クリエイティブ・プラットフォーム